シーン18:コブとモルの過去〜罪悪感〜
「どうだ」ロバートはイームスに任せ、コブはサイトーの様子を見ているアリアドネに聞いた。
「苦しそう」アリアドネは言う。
サイトーは息も絶え絶えといった体だ。
「下へ行けば少しは楽になる」コブはサイトーを励ます。
「約束は、絶対に、果たす」サイトーは必死に言う。
「忘れられたら意味が無い」コブは言う。
「死んだら虚無に行く。 そこでは虚無が現実になり、尽きぬ絶望の中で老いぼれ、孤独に死を待つんだ」コブは言う。
「私は、戻る」サイトー。
「元の世界で、また、会おう」サイトーは自分があと少しで死ぬことを感じているようだ。
「虚無に行ったことがあるの?」アリアドネがコブに聞く。
頷くコブ。
「でも、アナタはまだ真実を言っていないわ」アリアドネがコブに言う。
「真実?」コブが言う。
「列車はあなたの潜在意識の投影ね」アリアドネが言う。
「モルも度々現れるし、私達はあなたの心にも入り込んでいるんじゃない? このまま続けて平気なの?」アリアドネが言う。
コブはアリアドネを見つめた。
アリアドネの真剣な表情に、コブは過去の話をすることにした。
「俺とモルは夢の中で世界を作ることに夢中になり、どんどん深くへ潜っていった」コブが話し始めた。
「長い間夢の中で暮らし、戻ったときには何が現実なのか見失っていた」
「俺達だけの世界を作ったんだ」
「どのくらいの時間、そこにいたの?」アリアドネが聞いた。
「50年くらいかな」コブが言う。
「そんな・・・。耐えられない」驚くアリアドネ。
「神になったような気がしたよ」コブが言う。
コブはモルと2人で過ごした日々を思い出した。
「でも結局、俺も暮らせないと気づいた」とコブ。
「・・・モルは?」アリアドネが聞く。
「彼女は現実を忘れることを選んだ」コブが言う。
モルが金庫の中にトーテムであるコマを仕舞い込む様子を思い浮かべるコブ。
「何十年か過ごし俺達は現実に帰った」とコブ。
「老いた魂が、若い体に帰るんだ」
戸惑うモルの様子を思い出すコブ。
「現実に帰った後も、彼女はその現実を受け入れられずに悩んでいた」
「そして彼女はこう告白した。『あるアイデアが頭を離れない』と」
「アイデア?」アリアドネが聞く。
「『この世界は本物じゃない。 家に帰らなければ。 そのためには自殺をしなければ』と」
絶句するアリアドネ。
「でも、子供がいるでしょ?」思い至った質問を口にするアリアドネ。
「子供達を見ても、『あれは投影で、本物は家にいる』と」コブはつらそうに言う
「だが自殺はしなかった。 俺を愛していたからだ」
「そして、事件は二人の記念日に起こった」
(コブの過去の回想が始まる)
コブは正装をして花束を持ち、ホテルの廊下を歩き、自分とモルの部屋へ入った。
部屋に入るなり、凍りつくコブ。
部屋は滅茶苦茶に荒らされ、乱れきっていて、窓が開け放たれカーテンがはためいている。
ゆっくりと部屋に入っていくコブ。
転がっているワイングラスを踏んで割ってしまう。
その時、窓の外の風景にコブの視線は釘付けになる。
自分の居るホテルの向かい側のホテル。距離にして10メートルほど。高い階。
その向かいのホテルの向かいの部屋の窓枠に腰掛けてモルがこちらを見ていたのだ。
「何をしているんだ?」恐る恐る向こうの部屋のモルに声をかけるコブ。
モルは窓枠に腰掛けたまま、足をブラブラさせ、こちらを見ている。
「こっちに来て」モルは言う。
「とにかく部屋に入って。 部屋の中で話そう」コブは極力おだやかにモルに話しかけた。
モルは窓枠から、部屋の外のわずかな出っ張りに降りて立った。
少しバランスを崩すだけで落ちかねない状況だ。
「私と一緒にここから飛んで」とモルは言う。
「モル、ここは現実だ。 落ちたら死ぬだけだぞ」コブは言う。
「もういい」モルはそう言って、片足の靴を脱いだ。
その靴は足から離れ、ビルの下へと落ちていった。
唾を飲み、その靴の行方を見るコブ。
「来てくれないなら一人で飛ぶわ」モルがバランスを少し傾ける。
「分かった!待て、行くよ。待ってくれ」
コブは、恐る恐るモルと同じように部屋の外へ出る。
向かい合う高層のホテルの窓の外で、向かい合って立つ二人。
「話を聞いてくれ」コブが懇願する。
「私を信じて飛ぶのよ」とモルは言う。
「出来ない。落ちたら死んでしまう。子供達はどうなる?」コブは必死で説得する。
「どうせ、あなたは子供を失う」モルは言う。
「何だって?」
「弁護士に手紙を出したの」
モルの言っている言葉の意味が読み取れないコブ。
「身の危険を感じる。夫に殺される。って」モルが言った。
コブは荒れ果てた部屋を振り返った。
誰かが暴れたような部屋。
夫に怯えていたとされる妻。
夫婦で泊まっていたホテルの窓から転落したと思われる妻。
部屋に残る茫然自失の夫。
完全に誤解を生む状況である。
「そんな・・・」コブは言った。
「愛してるわ」モルはそう言って目を閉じた。
「モル、やめろ、目を開けろ」コブは言う。
「・・・・・・列車を待ってる」目を閉じたままモルが言う。
「モル! 目を開けて俺を見ろ」コブは強い口調で言う。
「遠くに行く列車を」モルは続ける。
「ここは夢じゃない! 飛んでも死ぬだけなんだぞ!」コブは叫ぶ。
「望んでいる場所へは行けるけれど」
「子供はどうする! フィリッパは! ジェームスは!」コブはモルに訴え続ける。
「それがどこかは分からない」
「フィリッパを思い出せ! ジェームスを!」
「でも構わない」
「モル!! やめろ! 飛ぶな!」
「二人は一緒だから」
「モル!!」
モルは数秒沈黙した後、飛び降りた。
絶叫するコブ。
(回想ここまで)
「3人の精神鑑定師がモルを正常だと判定した」コブはアリアドネを見た。
アリアドネは言葉も出ない。
「俺の主張は認められなかった。 だから逃げた」
コブは自宅から逃走する寸前、子供達に声をかけることができなかった、あの時の様子を思い出した。
「それ以来、俺の中にあるものは、モルへの罪悪感だった」コブは言った。
明かされたコブの過去に、同情と憐憫の表情のアリアドネ。
「悲劇はあなたのせいじゃないわ」アリアドネが言った。
「この仕事が無事に終わったら、あなたは自分を許すべきよ。 私も一緒に協力するわ」
「それはできないよ」コブ。
「あなたと潜在意識を共有する、みんなのためでもあるわ」アリアドネが言ったとき、コブは倉庫の窓の向こうに、ついにここを嗅ぎつけた襲撃者の姿を発見した。
「来たぞ!」コブはロバートを監禁した部屋へ向かった。
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